デリー郊外の大地にそそり立ち、華麗な姿を誇っています。
 ミナールとは尖塔(ミナレット)のことであり、モスクと並んでイスラム教にとって重要な施設です。
インドにおける最初のイスラム王朝であるデリー・スルターン朝の創始者クトゥブッディーン・アイバクは北インドを征服し、一二世紀末、その勝利を記念してこの塔を建て始めました。クトゥブッディーンは、最下層しか造ることができなかったが、彼の息子と後継者が塔を完成させました。一四世紀中頃、落雷の被害を受け修復された際、塔の最上層が二つの部分に分けられ、一番上に丸屋根が造られました。一九世紀初め、地震に襲われ丸屋根は崩れ落ちたが、その三〇年後に英国人技師がムガル様式の丸屋根に修復しました。

  この塔は、初期のアフガン建築様式で、アフガニスタンの世界遺産ジャームのミナレットをモデルとして建てられたそうです。高さが約七二.五メートル(インドで最も高い石塔)、直径は付け根で一四.三二メートルあるが、先端ではわずか二.二五メートル、階段は三七九段もあり、まさに尖塔です。
 塔は五層に分かれて、各層にはバルコニーがあります。下三層までが赤砂岩で、上二層が大理石と白色の砂岩で造られています。バルコニーの材料の一部に鍾乳石を使ったり、壁面に華美な模様を帯状に刻んだりするなど様々な意匠が見られ、塔のファサードに装飾効果をもたらしています。
 
 今、壁面の修復が行われています。塔そのものは、垂直方向から六〇センチメートルほど傾いているものの、何世紀もの間、落雷や地震にも耐えてきました。その頑丈さに驚きます。
 クトゥブ・ミナールの四〇〇メートルほど北にある未完の塔がアライ・ミナールです。遠くから見ると、まるで巨大なあり塚のようです。
 アラウッディーンは、一四世紀はじめ、拡張したモスクの敷地の広さと釣り合いをとるため、クトゥブ・ミナールの二倍の高さの塔を建てようとし、生存中に二四.五メートルの高さまで建設しました。しかし、彼の死後、誰もこの無謀な計画を継続しようとはしなかったのです。
【アライ・ミナール】
 クトゥブ・ミナールの南東横にドームのような建物があります。アラウッディーンが造ったもので、アライ・ダルワーザと呼ばれています。そこはかつてこのモスクへの入口でした。イスラム様式を完全に採り入れ、赤砂岩で造られた門にはめ込まれた白い大理石に、幾何学文様や植物の模様など様々な形で豪華に装飾しています。
【クトゥブ・ミナール】
【アライ・ダルワーザ(門の装飾)】 【クトゥブ・ミナールとアライ・ダルワーザ】
 

 広大な敷地と華麗な建築美を持つこのクトゥブ・ミナールは、デリー有数の観光スポットとして多くの人でにぎわっています。
 (ユネスコ・アジア文化センター文化遺産保護協力事務所取材)


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