フィールドナウ
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カンボジアの地図
観音菩薩の仏顔
石に彫られた観音菩薩の仏顔
 深い森の中に、途方もなく大きな規模の石の寺院が存在します。
9世紀初めから15世紀前半にかけて栄えたクメール王国のアンコール王朝が残した遺跡群です。
 一度は廃墟と化して密林の中に埋もれてしまいましたが、約100年前からフランスが中心となって保存修復が行われ、再び美しい姿を見せています。
 今も続く発掘・修復現場を訪ねました。

プラサット・スープラ
アンコール・トム王宮前広場
プラサット・スープラ
 アンコールには、大きなものだけで約60の遺跡があります。1992年、ユネスコの「世界文化遺産」に登録され、緊急の救済措置が必要とされる「危機にさらされている世界遺産リスト」にも登録されました。覆い被さっていた樹木は伐採され、当面の修復措置を終えた遺跡には多くの人々が訪れています。人気を集めているのがアンコール・ワットとアンコール・トム。スケールの大きさと塔や回廊の壁面に彫られた女神や戦闘場面などの浮き彫り芸術が、かつての王朝の世界へと誘います。しかし、まだまだ多くの遺跡は崩壊の危機を脱していません。石積みが破損したり、熱帯の巨木に飲み込まれるように、太い根に絡みつかれたりしたものもあります。
 1970年、内戦が勃発。遺跡の保護作業は中断され、従事していた約40人の研究者や技術者は、ほとんどが殺され、あるいは行方不明に。残ったのはわずか3人だけでした。およそ20年後、平和が戻り、中断されていた保存修復や技術者育成のための研修が始まります。指導者を失い、再び廃墟と化した遺跡は、もはやカンボジアの人たちによる、自力での修復は困難な状況になってしまいました。
 現在、ユネスコなど国際機関の協力を得て、フランスや日本、アメリカ、中国など世界から数多くの救済チームが参加。カンボジアの文化遺産をカンボジアの人たちが自分たちの手で保存修復ができるように、人材育成と修復活動を展開しています。日本からは「日本国政府アンコール遺跡救済チーム」と「アンコール文化遺産保護共同研究」の2つの政府チームと上智大学を中心とする「アンコール遺跡国際調査団」の民間チームが協力しています。


 アンコール・ワット
 12世紀前半に建てられた世界最大級の石の寺院です。幅190mの堀をめぐらせ、広さは東西1.5km、南北1.3km、奈良の平城宮跡の規模に匹敵します。本殿に5基の塔と回廊を持ち、建物構造は、この地方独特の鉄分を多く含んだラテライトと砂岩の積み上げで、屋根は壁の石を内側に少しずつ迫り出して架ける工法が用いられています。
 正面入口にあたるのが西参道。堀を渡る参道の部分は幅20m、長さ200m。中央から南側半分はフランスが修復しましたが、北側の半分は放置されたため、敷石が波打ち、崩壊の危険があります。この参道の修復は「アンコール遺跡国際調査団」が担当。日本の技術者が、研修を終えたカンボジア人スタッフ約60人とともに作業に従事しています。灼熱の太陽が照りつけるなか、ラテライトの石を削り、積み上げる伝統的な作業です。一日に7個が積めればよい方とのこと。完成までには、かなりの時間と費用がかかります。
 堀を渡り最初の門をくぐると、突然、悠久の歴史の世界に紛れ込んだ不思議な気分になります。本殿へと続く参道の両側には、経蔵があります。経蔵は教典や国王の業績を記した歴史書を納めていた建物。石造りの屋根部分が崩れています。北側部分の修復は、「日本国政府アンコール遺跡救済チーム」が担当。足場を組み、解体し、再び構築する工事を進めています。

アンコール・ワット西参道 アンコール・ワット北経蔵
雨よけのシートをかけ、修復工事中のアンコール・ワット西参道 足場が組まれ、修復中のアンコール・ワット北経蔵

 アンコール・トム
 12世紀末から13世紀にかけて築かれた3km四方の都城です。王宮やテラスなどがありました。中心寺院はバイヨンです。至る所に、崩れ落ちた石材が山のように折り重なっています。見上げると巨大な観世音菩薩の顔が、砂岩を積み上げた塔の四方に彫刻されています。
 屋根が落ち、崩壊が著しく進んでいたバイヨン北経蔵の修復は、「日本国政府アンコール遺跡救済チーム」が担当。石組みを解体し、再び組み立てる大規模な解体修復が4年余りの歳月をかけて1999年に完了しました。また、同チームは、王宮前広場のプラサット・スープラで発掘と修復を進めています。地盤沈下などで塔の一部が傾き、倒壊のおそれがありました。基礎部分を発掘調査し、再び傾かないように強化。傾いたところは取り外し、割れたラテライトは接合して積み直します。部材そのものも世界遺産なのです。

バイヨン バイヨン北経蔵
アンコール・トムの中心寺院"バイヨン" 修復を終え、よみがえったバイヨン北経蔵

 バンテアイ・クデイ
 12世紀末ごろに建てられた寺院です。広さは東西700m、南北500m。回廊の屋根は崩れ落ち、塔もいつ崩れてもおかしくない状況です。ここでは、「アンコール遺跡国際調査団」が調査・発掘に取り組んでいます。東参道の調査では、頭部と胴体を切断された大量の仏像が出土しました。一つの仏像に復元できるものはありませんが、極めて保存状態が良く、美術史や考古学的な調査研究に議論を呼ぶものと期待されています。

バンテアイ・クデイの回廊 女神の像
不同沈下で傾くバンテアイ・クデイの回廊 バンテアイ・クデイの美しい女神の像

 今も進む遺産の崩壊

 アンコール遺跡群は、熱帯の自然の中で約6世紀にわたって、荒れるにまかされてきました。
 崩壊の要因の一つは、雨水です。建物のほとんどには、水分を吸収しやすい砂岩が用いられています。雨期には毛細管現象で水が柱の内部にまでしみ込み、乾期には灼熱の太陽に熱せられ、劣化して表面から徐々に剥離していきます。
 樹木も脅威です。大きく成長するガジュマルの根が絡みつくように石積みの隙間に入り、浮き上がらせて、いずれは倒壊させてしまうのです。

ブリア・カン
砂岩が剥離して細くなったアンコール・ワットの柱 アメリカが修復中のブリア・カン。
ガジュマルの木は遺跡にとって脅威です。


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